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日本 • 東京都 • 立川市

Introduction

不器用だけど誠実で、作っているものにブレがない、そんな人が好き――そう話してくれたのは、西東京の中心都市・立川にあるパン屋【シンボパン】店主のシンボユカさん。町のパン屋さんというだけでなく、店内で弾き語りライブやワークショップを開催したり、誘われればデパートの屋上イベントや音楽フェスのフード出店などにも参加したりする、音楽好きにはちょっとした有名店。

ボに注目

ボに注目

シンボユカさん。いつもはおかっぱ。

シンボユカさん。いつもはおかっぱ。

不器用だけど誠実で、作っているものにブレがない、そんな人が好き――そう話してくれたのは、西東京の中心都市・立川にあるパン屋【シンボパン】店主のシンボユカさん。町のパン屋さんというだけでなく、店内で弾き語りライブやワークショップを開催したり、誘われればデパートの屋上イベントや音楽フェスのフード出店などにも参加したりする、音楽好きにはちょっとした有名店。
駅の北口を出て飲み屋街を東に進んだ、ホストクラブやキャバクラが並ぶ怪しげな通りの一角。パブや居酒屋が入居したビルの一階に、そのメルヘンな白壁のお店は存在している。店先にはオリジナルロゴで書かれた「シンボパン」の看板。「ボ」にはシンボさんのトレードマークでもある、オカッパ頭が隠れている。それから自転車と「修理いたします」の文字。実はおじいさん、おとうさんの代はこの場所で自転車屋を経営しており、今でもシンボパン兼シンボサイクルとして営業を続けている。

美味しい人間関係

一人っ子で周りには大人ばかりの環境で育ったというユカさん。自転車屋だった実家には、いつも家族以外のご近所さんが集まっていた。当時の友だちにはよく変わった家だと言われたが、お店をオープンする際には、そんな気軽に人が集まれる場所こそ大切に守らなければいけないと思ったそうだ。
食べるのが大好きで、調理実習でも包丁を持たない“食べる係”だったという意外な少女時代。中高生の頃は保育士を夢見ながら部活一筋の忙しない生活を送っていた。そんな運動少女をパン屋さんに変えたきっかけは、高校3年生で始めたアルバイトだった。いつの間にか夢は“お店を持つこと”に変わり、その夢のために必要な知識を求めて、パン屋が併設された紅茶の専門店「Afternoon Tea」で働き始める。そこでサンドウィッチ作りの楽しさに目覚め、より本格的な調理を学ぶため、代々木上原にある個人店のパン屋「カタネベーカリー」に移り、修行を始める。美味しいものしか店に出さない――利益度外視でも作るものにとことん真摯なカタネベーカリーに強く感化され、より自分の理想のパンを探求するようになったという。地下のカフェスペースでクラシックギターのイベントや常連さんとの食事会を開催していたカタネベーカリーのアットホームな雰囲気も、現在のシンボパンに強い影響を与えている。
自分が作るもので人が集まり、つながっていく場所を作りたい。2010年、そんな気持ちでシンボパンをオープンする。オープン当初は昔なじみのラブホテルのオーナーや仕事帰りのホスト、近所のオカマバーのママが常連客だったという。
その日焼きあがった順にショーケースに並ぶパン

その日焼きあがった順にショーケースに並ぶパン

スモークサーモンとやさいのサンドウィッチ、カフェラテは牛乳多めでやさしい味わい

スモークサーモンとやさいのサンドウィッチ、カフェラテは牛乳多めでやさしい味わい

ご飯や定食に匹敵するパン

春の新作、ひき肉ときゅうりのトルティーヤ。
春の新作、ひき肉ときゅうりのトルティーヤ。
幻のクリームパンは卵が決め手。数量限定なので売り切れ必至。
幻のクリームパンは卵が決め手。数量限定なので売り切れ必至。
パンは日常食、メインにはならないけれど、料理にぴったりなパンを追求したい。ご飯のように、毎日食べたくなるパンを作る、それがユカさんの目標だという。
食材は値段ではなく、口にしてみて、自分の作りたいものにマッチするか、安全で美味しいかどうかを基準に選ぶ。そこに妥協はない。ときには高級な食材も赤字覚悟で提供する。
厨房でいちばん大事なことは、集中力を切らさないこと。そのために、毎日作業を終えて一息ついたら、次の日の作業のためにまた精神を統一していくのだという。レシピには、気温、湿度などその日体で感じた変化を反映する。指先の感覚で生地の状態をチェックしながらタイマーと秒刻みの戦い。もちろん出来上がりが悪いものはお店に出さない。
11:30~15:00にはランチも提供している。パン屋のランチというと軽食をイメージしがちだが、ここで目指すのはパンの「定食」だという。市内の若者が作る野菜などを使ったメインの料理、惣菜、スープ、パン、焼き菓子が付くボリューミーな内容。パンはその日焼き上げたものの中から料理に合うシンプルな味を選ぶ。3日間煮込んだスネ肉のサンドウィッチなどガッツリの量としっかりの味付けを好んでか、男性のおひとりさまも多い。自分が作るものである以上、すべての過程に携わり、見届けたいという気持ちが強い。そのため、おかあさんや友人の手を借りつつも、一人で全作業をこなす。
できあがったパンはユカさん同様に個性的で、どこか統一感がある。いろいろな種類を食べられるようにと小さく作られたサイズ。素朴な味わいと口どけのよい食感。端っこまでバランスよく具が並んだサンドウィッチには「一口目から美味しく食べてほしい」というシンボさんの気持ちが詰まっている。
味へのこだわりはパンだけでなく、オーダーすると豆から挽いてくれるコーヒーは、国分寺の自家焙煎珈琲店「ねじまき雲」がシンボパンに合う味に仕上げたというスペシャルブレンドだ。
色、素材、シルエットまでこだわりを感じる家具たち。すべての席に座りたくなる。

色、素材、シルエットまでこだわりを感じる家具たち。すべての席に座りたくなる。

天井にご注目。思わず声を上げてしまうほど可愛い照明たち。

天井にご注目。思わず声を上げてしまうほど可愛い照明たち。

色にこだわった店内

シンボパンの大きな特徴であるカラフルでメルヘンな店内は、初めて訪れたお客さんの目を釘付けにすること間違いなし。イートインスペースにはテーブル席とカウンター席があり、エキセントリックな照明、キッチュなテーブル、ユニークな椅子など愛らしいデザインの家具が並ぶ。
内装を手掛けたのはアートユニット「magma」。原宿の洋服屋で彼らの中間色、とくにピンクに一目ぼれしたユカさんが店員さんに確認したところ、同じ立川にアトリエがあることを知り、すぐに連絡を取った。飲食の内装は初めてだという彼らに、パン屋一筋だったユカさんはむしろ可能性を感じたという。「この人たちなら、パン屋の常識をブチ壊しながらも、パンの素朴さや個性を引き立てる場所にしてくれる!」そう思い、ほとんどのデザインを自由に任せた。中でも「世界一可愛く!」と依頼した水玉トイレは必見。
こだわりのカウンター。

こだわりのカウンター。

キッチンや厨房は修行しながら身に着けた最適な距離感、高低感が反映されたユカさんサイズの作業場になっている。一番のこだわりは少し高めのカウンター。お客さんの顔を見ながら、作業にも集中できる絶妙な高さになっている。
雑貨の委託販売もしており、友人の作家の本や京都の職人のタイツなど、ユカさんが出会って一目ぼれしたものばかりがセレクトされている。自分がいいと思うものをきっかけにお客さんとの交流が増え、自分も常に好きだと思えるものに出会うチャンスを作る――そんな思いで置いているという。
同じような動機から開催したのが「宝のもちぐされ市」というフリーマーケット。不用品を売るのではなく、どうしても手放せない服やCDを、本当に大切に使ってくれる人に譲り渡すというコンセプト。ユカさんが友人のクリエイターたちに声をかけて実現したこの企画にも「本当にいいものしか売らない」というユカさんの信条が表れている。当日は大いに盛り上がり、店内には直前で売るのを渋る人の名残惜しげな声が響いていたという。
体育大学で児童教育を学んだ経験を持つユカさんは、町の子どもたちのことも常に気にかけているようだ。TVや流行だけに捕らわれず、自分自身の周りから楽しいものや好きなものを見つけてほしいという思いから、友人のニットアーティストやイラストレーターに声をかけ、店内でワークショップを開催することもある。
開けてビックリのトイレ。

開けてビックリのトイレ。

歌が大好きな女の子の音楽遍歴

最初に店内ライブを始めたきっかけも、町の子どもたちが気軽に観に来られるようなライブを開催したい、という思いからだった。店内は音響も居心地もよく、冬の夜の弾き語りライブなどは、まるでお泊り会のような親密な空気に包まれる。毎年12月には「シンボパン祭り」と銘打って交流のあるアーティストを呼び、ライブや展示を行っている。
そんなユカさんも小さい頃から常に歌をうたっている女の子だった。今でも厨房で作業しながら、気付くとうたっていることも多いという。小さい頃の記憶の中にあるのは、両親のカセットテープ。車で出かけるときには忌野清志郎や柳ジョージの歌が流れていた。成長するにつれて、友だちの影響もあり自分から音楽を聴くようになる。ウルフルズ、ユニコーン、スチャダラパー、電気グルーヴ、小沢健二、フィッシュマンズ、真心ブラザーズなど、90年代の豊潤なJ-POP文化を享受し、高校生の頃はクラムボン、スーパーバタードッグなどのライブにも通う根っからの音楽少女だった。中でもCDが擦り切れるまで聞いたのはCharaだという。今聴いてほしいミュージシャンを尋ねると、シンガーソングライターの池間由布子とロックバンドのアナログフィッシュの名前が挙がった。

情緒が見えてくるものが好きで。ちゃんと悲しみを歌える人。苦しさや葛藤した気持ちから生まれてくるものが好きなんだと思います。楽しいだけじゃない人ってすごく前向きな気がします。そういう人は信頼できるし、同じなのかなって。作ることに誠実な人はちょっと不器用な人が多い気がして。だから余計そういう人のものが好きで、いろんな人に教えたくなるのかも。そういう人の作るものってすごく救われるし、そういうものを聴いたり身に着けたりすると、わたしはすごく強くなれる気がします(シンボパン店主:シンボユカさん)

キラキラとしたまっすぐな目でそう話してくれたユカさん。その周りにクリエイティブな人が集まってくるのは、当然のようにも思えた。

m社が手掛ける鈴木農園のりんごジャムとりんごジュースを委託販売中

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