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日本 • 広島県 • 広島市
illustrated by © タジマ粒子

Introduction

日々を生きていく中で、自分自身と世間とのあいだにズレを感じたことはないだろうか?
ズレから生じる違和感を起点にして、見慣れたはずの日常を変質させ、異界へと導いてゆく、
そんな類まれなる観察眼とユーモアを備えた小説家がいる。
小山田浩子だ。
今回は遂に文庫化した芥川賞受賞作『穴』を中心に、
作品世界の魅力や裏側、書くこと・読むことへのこだわりを
人生のパートナーであり、一番間近でその才能を感じている、旦那さんを交えてお話を伺った。

Interviewee profile
小山田浩子

1983年、広島県広島市佐伯区生まれ。2010年、「工場」で新潮新人賞を受賞し、小説家デビュー。2014年、「穴」で芥川賞を受賞。芥川賞受賞時の川上弘美による選評(「言葉を並べるためではなく、小説を書くために、言葉が使われていた」)は、7月末に文庫化された『穴』の帯にも掲載。デビュー以降、さまざまな作品で注目をあつめる。

 

夫のYさん

勤めていた編集プロダクションで小山田さんと出会う。パートナーとして小山田さんの創作を日々、応援している。大の小説・映画好き。

小山田浩子が小説を通して描きたいもの

―作品を通して動植物が丁寧に書かれているように感じるんですが、やっぱり特別興味を持たれているのでしょうか。
O 詳しかったり、マニアだったりは全然しないんですよ。だから虫の名前も植物の名前もよく知っているわけではないです。でもすごく好きなんですよ。基本的に私が小説を書く動機として、植物と虫のことを書きたいっていうのがあります。
―特にこの動物が好きというのはありますか。
O 強いて言うならハナムグリ(※1)とか甲羅っていうか外側の翅が固い昆虫が好きかな。
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(※1)ハナムグリ
コウチュウ目・コガネムシ科・ハナムグリ族・ハナムグリ亜族・ハナムグリ属に属する昆虫の一種。春から秋にかけて各種の花に飛来し、背面は緑色で、体長は14~20ミリほど。花の受粉に深く関わっている昆虫の一つでもある。名まえは、成虫が花に潜り、花粉や蜜をとることに由来する。
―虫の方がお好きなんですか。
O や、飼うんなら犬がいいです(笑)田舎なので、子供の頃はよく庭とか近所で虫を捕まえて飼おうとしてたんですけど、どれもすぐ死んじゃって。悪いことしたなって今でも時々思い出します。あと両生類もすごく好きで、よくカエルで遊んでて、それでやっぱり死なせちゃったりしましたね。
―「名犬」(※2)の話をお聞きしたいんですけど、「名犬」の方言ってすごく独特で、とてもリズミカルで面白くて、夢中になったんですが、どこの方言なんでしょうか。
(※2)「名犬」
新潮』(「想像力の新しいパースペクティブ」新潮社、2016年)所収。
O ありがとうございます。あれは、広島弁と、あと夫が四国なんですよ。だから四国の言葉と。若干私のイメージでは関西弁的な語彙、あの“ワイ”というような一人称などを混ぜてつくった架空のものです。割と方言は架空のものを書くことがあって。
Y「うらぎゅう」(※3)とかもね。編プロにいた時に、大体求められる記事の書き方っていうのが、新聞記事みたいな書き方なんです。台詞だったら、大体、なまりや口調などが消えるか抑えられるかした、どこの誰が喋ってもおかしくない喋り方になっていますよね。さっき彼女が書いた記事に赤ペンをたくさん入れたっていうのは、彼女は取材した人が喋ったままを再現しようとして書いてきたんですよ。
(※3)「うらぎゅう」
現代小説クロニクル 2010~2014 』(講談社、2015年)所収。
O「はぁ」とか「いやまー」とか。
Y そのまま記事に入れてきていたのが僕の中で印象が強くって。喋る癖やリズムをそのまま全て文字に写し取りたいんだろうなーと、だけどそれは記事としてはダメだと。小説だったらいいけどというのがあったんですよね。「名犬」や義兄もそうだと思うんだけど、ああいう風な喋り方をそのまま小説に出してくるから、人物に存在感があるな、生きているな、と思いますね。そういう書き方が本当に好きなんだと思う。喋ったことを誰が喋ったかわからないように直す、喋った人の個性を消してしまうのが本当に嫌だったみたいで。
―動物園のことをよく書かれていると思うんですけど、私(柿野)は広島出身なので……。
安佐動物園(※4)だ、とどうしても思ってしまうんですけど、安佐動物園はお好きなのでしょうか。
(※4)安佐動物園
広島県広島市安佐北区、広島市北部の山麓に広がる自然豊かな動物公園。1971年の開園当初より49.6ヘクタールという広大な敷地を有し(現在は51.4ヘクタール)、動物観察順路は約3.2キロメートル。「自然からやってきた動物大使を預かり、動物を楽しみ学ぶ場所」であるという理念のもとにキリンやライオン、サイ、フラミンゴなど約170種の動物大使を飼育している。各動物の生活範囲にも十分な面積が割かれているため、「シマウマやキリンが草原に群れている」といったサバンナさながらの風景を楽しむことができる。園内に広大な芝生広場「ピクニック広場」があり、上り下りの順路の折り返し地点にあたるためシートを広げてご飯を食べるとちょうどよい。正式名称は「広島市安佐動物公園」。
O 大好きです。子供が生まれてからは年間パスを買って。親子で同じだけ楽しめる場所って動物園ぐらいしかないんですよ。書くのや家庭生活に行きづまったら動物園って決めています。
Y うん、そうだよね。
O 安佐動物園って、山にあって、とても広くて、すごく高低差があるんですよ。ライオン見た後、サル見ようとすると一個一個の動物がかなり離れているんですよ。私、広島出身の広島育ちなので、動物園ってそういうものだと思っていて、他所の動物園に行った時に平面の狭い中にいっぱい檻があってびっくりしたんですよ。
Y「動物園の迷子」(※5)を読んだ時に、安佐動物園だと思いました?
(※5)動物園の迷子
『MONKEY』(「音楽の聞こえる話」スイッチパブリッシング、2015年)所収。
―はい、これは普通の動物園じゃない、安佐動物園だ、と思って。最後なんか特に安佐動物園だって。
O すごい疲れるんですよね。
―なにもない丘とかがありますよね。
O そうそう、でもしんどい坂道を超えないとレッサーパンダに会えないんですよね。子ども連れの人がレッサーパンダを子どもに見せたいが為に、みんな死にそうな顔しながらベビーカーを押して、登っています(笑)
旅行したら、その土地の動物園に行こうっていうのが今はあります。今度大阪に行くので、大阪の動物園に行けたらと思っているんですけど。
天王寺動物園がおすすめです。街中に突然ある動物園なんです。
Y 僕は一度行ったことがあって、あそこはカバがいましたね。ぜひ家族でもう一度行きたいです。
―早稲田文学2015年秋号(※6)で、被曝三世だとおっしゃっていたのを読みました。ヒロシマについての話もいつか書きたいと。小山田さんの文章でヒロシマを描いたとき、どんなものが出てくるんだろうと思って、楽しみと言ってはおかしいんですが……楽しみにしています。どういう風に「ヒロシマ」を書いていきたいと思われていますか。
O 想いとして、立場というか、いつかやらないと嘘だろう、責任を果たしてないだろうっていう気持ちが自分の中でありました。広島についてのことを書きたいっていうことは、すごくすごくありまして。ただそのことについて「今」書きたいというところには至ってないんですよ。
理性で、この立場にあるなら書かねばならないだろうっていう気持ちがある一方で、私が今書きたいと思っている手の快楽っていうものが、残念ながらそっちには向いていなくって。でも、いつ死ぬかわからないけれど、人並みに生きるとして、あと何十年かあるとしたら、その内かなりの時間をそれに割くべきだろう、そうしたい、という気持ちはかなりあります。ただ正直なにをどうしていいのか全然わからなくって。
さっきも言った通り、もうしばらく長いものは発表していないんですけど、去年書こうとしたんです。書かなきゃいけないっていう気持ちが強く出てきて、早く書かないと、あと何十年経っちゃったら、当時の人に話を聞こうにも難しくなるし、早くしないといろんなことが間に合わなくなっちゃう気がして。日本の社会情勢のことも、世界のこともそうなんですけど、見過ごしていていいのかお前は、仮にも新人作家っていう、そりゃあ微々たるものだけれど、でも他の人よりは発言権がある、書けば印刷され出版されうるという武器を与えられているのに、それを使わないのか今こんな社会なのにっていうすごいプレッシャーを抱えていたんです。
それで、いつか書こうとしていた題材をその時書いていたものに流れも無視するかたちで入れ込んだんですよ。でも、それは書きたいかたちにはなっていなくって、全然勉強不足だったり、準備不足だったり、努力不足だったり、才能不足だったりしてダメだったんです。編集の人に見せても、「これはもうできていませんね」っていうことで、私もそりゃそうだと思って、それで当然全部ダメになって流れてしまった話もありました。
そういうことを経て、今思っているのは急ぐべきだという気持ちもあるんですけど、急いでもなにかできるような器でもないし、言い訳なんですけど、小説っていうメディアは決してそんなに急がないと無効になってしまうメディアじゃないんだから、もうちょっと向き合おうっていうか。だから、もしかすると何年経ってもまだなにも書いてないかもしれないし、死ぬ間際になっているかもしれないんですけど、死ぬまでにはっていう気持ちでいます。
だから、今構想とかはないんですが、描きたいシーンはいくつかあるんですよ。被爆者である祖母から聞いた話であったり、祖母の感じたことであったりなんですが作品として体(てい)をなすにはまだ溜まっていなくて、熟してもいなくて。ただ、幸い勉強する対象の資料は、先行作品あるいはドキュメント的なものなど無数にあるし、広島にいればそれに触れることは容易ですから。これからそういったものをちゃんと資料っていうんじゃなくて自分の中に堆積するように体験して、見て溜めていってという気持ちでいます。すごく、遠い目標というか、急に死んだら困るんですけど、できるだけ長生きして書きたいなと。その際は、できればユーモア的なものや、描写のようなものがちゃんと含まれたものにしたいと思います。
(※6)早稲田文学2015年秋号
2015年8月7日発行。特集「広島について、いろんなひとに聞いてみた」に掲載されている、元広島東洋カープ栗原健太選手へのインタビュー記事「8・6のスタジアム――そして復活へ」を指す。小山田さんは聞き手として同席、ご自身の広島への想いについても少しだけ言及されている。
平和記念公園は安佐動物公園と並ぶ好きな場所、昔は仕事の合間にベンチでお弁当を食べていたこともあるという小山田さん。平和に思いを馳せる場所であり、市民の憩いの場でもある。

平和記念公園は安佐動物公園と並ぶ好きな場所、昔は仕事の合間にベンチでお弁当を食べていたこともあるという小山田さん。平和に思いを馳せる場所であり、市民の憩いの場でもある。

原爆ドーム。

原爆ドーム。

広島平和記念資料館。

広島平和記念資料館。

―資料じゃなくて体験としてって、おっしゃったのが印象的です。小山田さんは先行作品からインスピレーションを受けて、小説を書くということがあったと思うんですけど今後、書いてみたいと思う作品の作り方や文体はありますか。
O 今まさに読んでいるマリー・ンディアイがとても良かったんで、ああいうものが書けたらいいですね。淡々とわからないことが書かれていてもでも読む方にははっきりくっきりもたらされるものがあって、逃れられないような。あと、吉田知子が好きなんですけど、いつかあの境地に行けたらという憧れはありますね。もちろん非常に難しいんですが。あくまで夢というか憧れとして。
Y このあいだ僕はコルタサルの『石蹴り遊び』(※7)っていう小説を――二個読み方が基本的にあるんだけど両方とも――読み終えたばかりで本当に自分が哲学的な知識がほとんどなくてわからない部分がたくさんあったんだけど今まで自分が思っていたこととか生きてきたことっていうのを超える部分があったんですよ。自分の狭さを思い知るとともに自分もそういうところに向かいたいなって思わせるようなものがある小説でした。
とにかくもう頭の中から『石蹴り遊び』っていう存在自体がずっと死ぬまで残るだろうって思ったんですよ。だからそういう、全部消化できないんだけどずっと噛んでいたい小説っていうのかな。マリー・ンディアイとかもそういう部分があって、そういうのが彼女から出てきてくれたらいいなって思う。ンディアイみたいな作品も『石蹴り遊び』も、もちろんそう簡単には書けないと思うけどね(笑)
(※7)『石蹴り遊び』
フリオ・コルタサル/著。集英社文庫、1995年。
O 私は何年か前に『石蹴り遊び』を読もうとして挫折しましたから。今読んだら読めるかな。