Introduction

花から花へ、蜜を集める蜜蜂のように。
あれも、これもと、棚から棚へ手が伸びる。
1冊抜き取って、ページをめくり、戻し、また抜き取り……。
目の前に広がる魅惑的な本の海。その1冊1冊に綴じられた世界に溺れる。
ソビエトの絵本、昭和の幻想文学、フランス映画のポスター、妖怪漫画……。

古本屋、それは人から人へ渡り歩いてきた本が漂着する場所。

今回読むのは、そこに魅せられた一人の男の物語。
永遠に広がり続ける本の海を泳ぐ男の、現在進行形の物語。

Interviewee profile
金本武志

1980年、大阪市浪速区日本橋生まれ。日本橋育ち。日本橋在住。
2008年、日本橋に音楽・映画・美術・絵本・サブカルチャー・文芸等のジャンルの本に加え、CD/レコードも取り扱う古本屋、アオツキ書房をオープン。
2014年に西区北堀江に移転。
鳴カズ飛バズのまま今にいたる。
この先どうしていいかわからない。

番外編1 今おすすめの本

―今何かおすすめの本はありますか?
K 高円寺に「円盤」(※1)っていうお店があるんです。そこに、レコードを聴くイベントを年に2~3回うちでやってくれてる田口さんていう人がいてて、今まで自分で冊子を作ってはったんですけど、去年くらいから出版社から全国流通で本を出すってことが立て続けにありまして。その田口さんが書いた本が去年から今年に掛けては自分の中では面白かったですね。
「日本のポータブル・レコード・プレイヤーCATALOG」
70年代や80年代のポータブルのレコードプレイヤーのデザインに注目した写真集。全部田口さんが集めたやつなんですけど、変わり種もあって面白いです。
(※1)円盤
田口史人氏が店主を務める東京・高円寺のお店。
喫茶店であり、新品&中古のCDやレコードを取り扱うレコード屋であり、Tシャツやグッズを取り扱う雑貨屋であり、音楽ライブやレコード鑑賞会、落語、上映会などを行うイベントスペースでもある。
一番の特徴は“作った人が自分で納品してくれたもの”しか置かれていないところ。
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「二〇一二」
東日本大震災後の1年間に書いていた日記を書籍化した本です。店の営業と、全国をレコードのイベントで飛び回っている日常の中で、人々の今の暮らしとか東京の音楽シーンに対して色々思いを巡らしていて。かなり色んな人のことを辛辣に書いています。
「レコードと暮らし」
レコードの本が出る時ってほぼ必ずディスクガイドになるんですけど、この本はそうじゃなくて、レコードと、日本人の暮らしの中にどうやってレコードがあったかってことを書いてるんですよね。だからレコードの本とも言えるし、昭和の時代の暮らしの本とも言えます。
僕らがレコードやCDを買う時って、好きなジャンルやアーティストの物を買うじゃないですか。でもジャンルでは分けられない「その他」のレコードっていうのがあって、レコードの長い歴史の中では「その他」で作られた物の方が圧倒的に多いんですよ。それは結婚式とかお土産とか企業のPRとか。冠婚葬祭もそうですし、当時のアイドルの声がソノシート(※2)っていうのに録音された年賀状とか。雑誌の付録で付いてたりしたんですけど。
そういうのって捨てられるから買おうと思っても難しいんですけど、そうやっていかに人々の暮らしの中に膨大な数のレコードがあったのかっていうのを書いてますね。
(※2)ソノシート
レコード盤の一種。通常のLP/EPレコードのように硬質でなく、フィルムのように薄い。
8cm/17cmと小型だが、長時間再生が可能。当時高価だったレコードを安価に大量生産するために制作された。
田口さんて基本ネットで調べたりもしないんですよ。レコードの盤に入っているものと、ライナーやジャケットから入ってくる情報しか知らんのですよね。今はなんでもかんでもネットがあるせいで皆ある程度詳しくはなれるし、その代わりちょっと批評家めいたりしますけど、そういうことじゃないっていうんで、田口さんはずっと言い続けてることがあるんです。すごい口うるさいおじさんの批判と言えばそうなんですけど、そういう人もおった方がええなあと思いますね。

番外編2 突然の訪問客

―お店をやってこられて、一番印象に残った出来事は何ですか?
K 前の店の時なんですけど。クール・ キース(※3)っていう黒人のラッパーがいてるんですよ。80年代に伝説的なグループにいた人で、今はソロでやってるんですけど、来日してライブをするってことがあったんです。当時の心斎橋のクラブクアトロ(※4)で。僕は行く予定はなくて「今日来んねんな」くらいのもんで、どっかで貰ったライブのチラシをお店の店頭に貼ってたんです。
そしたらその日に日本人の結構見た目ごりごりのB-boyの感じの人が店に入ってきて「あのチラシはどうされたんですか」って訊いてきたんで、「貰ったからとりあえず貼ってるんです」って答えたら、その人の後ろからクール・キースが来て(笑)思わず自分でも驚くくらいのおっきい声で「クール・キースや!!!」って(笑)
クール・キース 正式名称はKOOL KEITH。1984年にニューヨークのブロンクスで結成されたヒップホップユニット、ウルトラマグネティック・エムシーズ(Ultramagnetic MCs)のメインMC。 摩訶不思議なサウンドや、メタファーを織り交ぜたリリックからヒップホップ界の「奇人/変人」と称される。代表曲に「Livin' Astro」、「Plastic World」、「Dick Towel」など。

(※3)クール・キース
正式名称はKOOL KEITH。1984年にニューヨークのブロンクスで結成されたヒップホップユニット、ウルトラマグネティック・エムシーズ(Ultramagnetic MCs)のメインMC。
摩訶不思議なサウンドや、メタファーを織り交ぜたリリックからヒップホップ界の「奇人/変人」と称される。代表曲に「Livin’ Astro」、「Plastic World」、「Dick Towel」など。

―それはびっくりしますね!(笑)
K そしたらクール・キースはもう「お前、俺のファンなんやろ?」みたいな感じで、僕何も頼んでないのに「写真、撮んねんやろ?」って(笑)一緒に写真撮ってくれて、ほかにも「ああ、サイン構へんよ」みたいな感じで全部色々やってくれて。
一緒にラップやってる相方の黒人の人も来てて、当時店があった日本橋って電気屋街でいわゆるオタクの人が多いんですけど、そんな人らにその黒人の人が通りに出て今日のチラシを配りまくってて(笑)
―すごい光景ですね(笑)日本橋へは何しに来たんでしょうね?
K クール・キースってポルノマニアで有名なんですよ。ラップの歌詞もほぼおかしなことかエロいことしか言ってない人で。店の隣が数年に1回摘発されるDVD屋がいっぱい入ってるビルやったんですけど、どうやらそこにDVDを買いに来たみたいなんですよね。
でも来たら休みやったらしく、「お前いつやってるか知ってるか」って(笑)「いやあちょっとわかんないですねえ」って(笑)
そしたらビルの1階がランジェリーショップやったんですけど、クール・キースがその店に入って出てこないんですよね。18時半から始まるライブやったのに、もう18時くらいなんです。B-boy風の日本人の人は呼び屋やったと思うんですけど、ずっと苦笑いしてましたね(笑)
(※4)クラブクアトロ
株式会社パルコが運営する日本のライブハウス。国内外、様々なジャンルのアーティストが公演を行っている。1988年6月、渋谷パルコの第4館に一号店をオープンさせたことが名前の由来。以後、名古屋、大阪、広島にグループ店をオープン。
―すごいですね。下着は買ったんでしょうか?(笑)
K いや何も買ってなかったですけどね。でもそれに何かを感じて、僕ライブ観に行きましたけど(笑)
―そうなんですか?!(笑)どうでした?
K まあ普通やったかな(笑)でもこの事は結構面白かったですね(笑)