place
日本 • 愛知県 • 刈谷市

Introduction

「街から映画の灯を消してはならない」
他のインタビューで堀部社長によって語られたことば。
今回われわれが行ったのは、そのことばの焼き直しであった、といっても過言ではない。
刈谷という「街」とは?
刈谷日劇にとっての「映画」とは?
そして、半世紀以上にわたって刈谷日劇が守り続けた「灯」とは?
まずは当劇場が開館した1954年、旧ユーゴスラビアに生を受けた
ひとりの男のことばから始めよう。

この物語は終わらない。(エミール・クストリッツァ『アンダーグラウンド』)

それは終わり、ではなく始まりのことばであったはずだ。

Interviewee profile
亀谷宏司

黒部市生まれ、富山市育ち。有限会社プラザ知立の社員として刈谷日劇の運営に携わる。担当するスクリーン2は「昔の秀作・名作を選りすぐって2本立て」で編成するといった名画座スタイルで、その内容は全国の映画ファンから好評を博している。
(→1ページ目から登場)

堀部俊仁

刈谷市生まれ、刈谷市育ち。大学卒業時から現在まで刈谷日劇の運営に携わる。有限会社プラザ知立代表者、愛知県興行協会理事長、そして映画『ラブ&ソウル』の出資者と多彩な顔をもつ劇場の首領。
(→4ページ目から登場)

旧作2本の名画座スタイル

―まず、目を引いたのは2本立てで800円という料金設定ですが。
(亀谷さん 以下K) そうですね。まず東京の名画座ですと、目黒シネマ(※1)様が2本立てで1,500円という料金設定になさってるんですけども、ただあそこの場合は名画座と言いながら封切りから半年ぐらいのものをかける。それに東京ですから当然テナント代なり、諸々の経費が高いエリアだということも想像できます。つぎに、岐阜のロイヤル劇場(※2)様 が、あそこは1本立てなんですが、昭和の古いフィルムを1本500円でやってらっしゃる。値段の基準にしたのは、その二つですかね。
あと、今こういう名画座スタイルの映画館が全国的に少なくなってしまったものですから。うちの経営者は堀部といいますけれども、館主の堀部にこういう名画座スタイルを是非残したいという想いがあって。
―堀部さんとのお付き合いはどれぐらいになりますか?
K うちの会社は『有限会社プラザ知立』といいまして、いま収益の中心は下のテナントにも入っていたパチンコのお店なんですけれども、もともと私は下のパチンコの事務所の手伝いをしておりました。ですが、ここの映写技師がフィルムの映写技師で、デジタル映写機の操作がもう出来ないと。70代、80代のスタッフなものですから。コンピューターの操作をする、その対応が出来ないんですね。ですから、当時パチンコの事務所にいた僕が応援として来まして。転属っていうんですかね。うちの会社に僕がお世話になってから、もう6年近くになりますが、その中でこの映画館に来たのはこの2年半程の間、最近のことでございます。
2本立てで800円という料金設定

2本立てで800円という料金設定

(※1)目黒シネマ
東京都の品川区にある映画館。名画座として営業しており、ロードショー展開された作品からミニシアター系まで邦画、洋画問わず上映している。映画本の貸し出しもあり。最寄駅はJR目黒駅。
(※2)ロイヤル劇場
岐阜市の柳ヶ瀬にある映画館。昭和名作シネマのみを500円均一料金で上映する異色の映画館である。最寄駅はJR岐阜駅・名鉄岐阜駅。
―転属の前から、映画に興味は?
K 大好きでしたね。名古屋市内までもよく映画を観に行くぐらいに。ただそのいわゆる映画の業界人、映画関係者ではなかったものですから、全くゼロからのスタートで。映画とずっと関わってきた、館主の堀部に教えてもらいながら、少しずつやり始めたという。
―上映内容はどなたが決めているんですか?
K いま現在は、スクリーン1の内容を堀部が、スクリーン2の内容を僕が、というのが大まかな担当です。スクリーン1では主に新作を上映します。新作といっても、東京や名古屋に比べれば1ヶ月遅れになったりすることもあるんですけども、なるべく新作を、しかも最近のデジタル映写でやるのがスクリーン1、そして、昔の作品を安価で2本立てでやるのがスクリーン2です。
―お二人で話し合いながら。
K 基本的には僕が発案して、堀部社長を説得することが多いように思います。社長はアクション物の、ハリウッド映画が大好きなものですから、黙ってるとスクリーン1も2も全部ハリウッドのアクション物で埋まってしまう。ですが、それだとお客様の層が限られてしまいますので、その中に変わったものを割り込ませていくのが僕の仕事・役割だと思っています。「社長、最近これ流行ってますよ」とか、たまにはちょっと嘘もついて、流行ってなくても「流行ってます」とか言いながら、多様な作品を入れていく。女性向けのしっとりとした映画とか、若者向けの、ちょっと僕らの歳では理解できないような映画でも敢えて入れていかないと、お客様の幅が広がらないので。
―ときに、社長と言い合いになったりとかは?
K そういうのはないです。全然ないです(笑)ある程度、社長がまず入れたいのを入れて、自分は余った上映枠に他の作品をスッと入れるだけなもんですから。
―その「他の作品」には亀谷さんの好みも含まれているのでしょうか?
K 例えば、この山下敦弘監督(※3)の新作の場合は、スクリーン2で過去作を取り上げました。あと個人的に僕が好きなものを探す場合もありますが、決して僕は映画に詳しくないので、詳しい方々に頼ることがほとんどですね。あそこに貼り紙が、付箋がいっぱい貼ってあるんですが、あれは全てお客様からのリクエストです。過去に観て良かったとか、見逃したから改めて観たいとか、その中から探してくることもよくあります。
(※3)山下敦弘
愛知県半田市出身の映画監督。作品に『リンダリンダリンダ』、『苦役列車』、『味園ユニバース』など。
お客様からのリクエスト

お客様からのリクエスト

―好みやリクエストの中から2本立てに収まるものを選んでいくと。
K 最初は3本立ての話もありました。ただ、3本立てだと、あまりにも長くて。お客様が疲れちゃって、もうこれは無理だろうと。今はもう完全に2本立ての方向ですね。
―作品を選ぶ際、他にこだわっていらっしゃる点などはありますか?
K あとは、全国的にもフィルムの上映をできる映画館が減ってきているので、うちの映写機の機械が壊れるまでの間はできるだけフィルムの上映をしていきたいなと。
―壊れるまでとは?
K 修理というか、ほとんどの映写機メーカーがもう廃業してしまっているので、最早メンテナンスをする人がいないんですね。ですから、この35mmフィルムの映写機が動いてる限りは、なるべく続けていきたいと思っています。デジタル映写の方がたしかに画質はきれいですが、雰囲気や、色味などフィルムにしか出せない味もあります。これは専門家の方からお聞きしたんですが、極端な言い方をするとデジタルが1と0、黒と白の間の色を出せないのに対して、フィルムはその途中の色も表現できる、と。その違いから色の深みや奥行きが生まれてくるそうです。お客様の中には、そのような深みや奥行きを愛する方だったり、一度人生経験としてフィルムを見ておこうという方もいらっしゃって。ですので、話が飛びましたけれども、個人的には古いスタイル、フィルムの映画をできるだけやるというのが一番心掛けていることですね。
―その選んだフィルムをスタッフの映写技師さんたちがかける、と。
K はい。今現在、技師が二人おりまして、ひとりがムカイ、もうひとりがタカハシというんですが。ムカイ、タカハシがともに80代と、もうかなり高齢です。おじいちゃんで作品については要領を得ないものですから、「『おとぎ話みたい(※4) 』って、どんな映画?」って聞いても「よう分からん」ってお客様に言うくらい。ただ、映写技師としてはフィルムを繋いだり、セッティングをしたり、きちんとした仕事をしてくれるので。
(※4)おとぎ話みたい
監督・脚本は山戸結希。2013年公開。
https://www.youtube.com/watch?v=tGDBB4bbP4w
『おとぎ話みたい 』ポスター

『おとぎ話みたい 』ポスター

―その方たちが上映する作品を選んだりということは?
K そのようなことは今のところありません。ただ、例えば今週からこういう物販があるよとか、今週のプログラムはこういう操作が必要だよってことは、毎回きちんと引き継ぐようにしていますね。
―なるほど。その「プログラム」なんですが、企画自体の発案は主に亀谷さんがされているんですか?たとえば他の映画館を参考にされたり、この企画はやられたなと思われたり。
K 参考というのもおこがましいんですが、名古屋の単館系の映画館でヒットした映画はなるべくチェックするようにしています。例えば、『百円の恋(※5)』という安藤サクラ(※6)さんの映画。あれは名古屋のシネマスコーレ(※7)でしかやらなかった映画なんです。ですので、名古屋で流行った映画を参考にすれば「名古屋まで行かなくてもウチで見れる」という方が確実に来て下さるので。後出しジャンケンですね。ただ、これはひらめきの意味合いでいうとたいしたひらめきでもないので。実際の数字を見て「名古屋で流行ってるからウチでもやる」という程度ですからね。
―映画祭や物販、トークショーなどでも。
K 今浮かんだのは、京都の立誠シネマ(※8)様。最近映画館がどんどん廃業していって、映画館を経営する会社がどんどんと無くなっていく一方で、市民が映画館を運営しようという動きが出てきていまして。立誠シネマさんは確か廃校になった小学校の教室を映画館にして、市民のみなさんとともに運営をされているという話を聴いたことがあります。あと、新潟のシネウインド(※9)様も一度映画館が廃業されたあと、市民の人たちが出資して市民映画館として生き返らせたという経緯があったそうです。
(※5)百円の恋
監督は武正晴・脚本は足立紳。2014年公開。
https://www.youtube.com/watch?v=IO25ZP-fUkM
(※6)安藤サクラ
東京都出身の俳優。出演作品に『愛のむきだし』、『SR サイタマノラッパー2』、『かぞくのくに』など。
愛知県の名古屋市にある映画館。1983年2月に若松孝二監督が立ち上げ。アジア映画、日本映画、インディーズ作品などを中心としたプログラムで愛知のミニシアター界を牽引。最寄駅はJR名古屋駅。
―市民と劇場が手を取りあって、場所を残していく。
K そういうところは面白い企画も多いですね。シネコンではかからない映画を見つけてくるので。その映画館に集まった人たちが皆で相談して「これはどこの映画館でもやってないけど、ぜひ見たいよね」っていう作品を見つけてくる。その動きはこちらもホームページなどを見て勉強させてもらっています。僕よりはるかに詳しい映画ファンの人たちが見つけてきた映画をかける。そして、それはちっちゃい作品、予算の少ない作品かもしれませんが、すごく面白い作品が出てくることもあるので。それを観てから、ウチも上映させてくださいとお願いしたことは過去にもありましたし、これからもあると思います。
―商売からは少し離れた、映画館のかたちですね。
K いま名画座がどんどんと減っています。以前は新橋文化劇場(※9)様といって、東京の新橋のガード下に映画館があったんですけど。去年の秋まであったのかな、そこが廃業なさったもんですから。新橋文化劇場様と、あとは池袋の文芸坐(※10)様のラインナップは気になっていました。そのような5年前、10年前の映画で2本組む映画館が今日本の中でも無くなってしまったので。
ただ、逆に参考にするようなところが減った分、気は楽になりました。新橋なんかで、ものすごい渋い2本立てがあった時は「ああいうのに比べると俺が考えたのはダメだ」って思うこともありましたから。そういう映画館が減った分、今は逆にやりたい放題で、おこがましいながらも、競争相手は少なく、気楽にやれるような気がします。
(※8)立誠シネマ
京都府の京都市にある映画館。2013年4月に立誠小学校南校舎3階にある教室を利用してオープン。ミニシアター系の映画を中心にほぼ毎日数作品を上映している。最寄駅は阪急河原町駅。
(※9)シネウインド
新潟県の新潟市にある映画館。1985年3月、名画座「ライフ」の閉館にともなって開館された「市民が運営する」映画館。ミニシアター系の映画から最新作まで幅広いジャンルの作品を上映。イベントなども開催している。最寄駅はJR新潟駅。
(※9)新橋文化劇場
東京都の港区にあった映画館。1955年、東京都港区芝新橋の新橋駅ガード下に蔡火盛が「新橋ニュース劇場」として開館。2014年に閉館。最寄駅はJR新橋駅。
(※10)文芸坐
東京都の豊島区にある映画館。1956年3月、作家の三角寛により発足した「人世坐」の姉妹館として開館。2000年12月「新文芸坐」としてリニューアルし現在に至る。最寄駅はJR池袋駅。
―そういった場合の目標というのは?
K 黒字です。あくまで黒字。仕入れ金額を満たすだけのお客様に来ていただくこと。それとこれは冗談半分で聞いていただけると嬉しいんですが、そこの最寄りの駅の名前が【刈谷市駅(※11)】というんです。ですが、遠くからお越しになるお客様の中には隣の【刈谷駅】で降りてしまう方もいて。【刈谷駅】で降りて、「駅に着いたんだけど、映画館がない」と電話がかかってくることがあります。名前が紛らわしくて、さらにこっちの駅の方がちっちゃい駅なもんですから。ですので、この先の目標としては、そこの駅の名前を【刈谷日劇前駅】に変えられるぐらいに、存在感を出せたらいいなと。冗談半分ですけども、それぐらいの勢いで会社が残ればいいと思いますね。
(※11)刈谷市駅
愛知県刈谷市広小路にある名鉄三河線の駅。