Introduction

4足になる。地面に左右の手をついて。その手を足に見立てて、しばらく歩いてみる。
4足で走る。身軽な猿のように。右の後足から左の後足、そして左の前足から右の前足と4つの足を順に動かしたとき、走者は(瞬間)空を舞う。

「疾走感が2足の時とは全く違いました」

話し手による最初の感覚。ことばは実感に置き去られてはいないだろうか。

これはひとりの青年の声である。
謙虚で物静かな細身の好青年。そんな彼が「世界最速の4足ランナー」になるまでの声を、まだ見ぬ歩行者/走者に届けたい。
2足のその先へ。BGMはきっとKashiwa Daisukeのrabbit’s_quartetが良いだろう。

Interviewee profile
玉腰活未

名古屋市生まれ、名古屋市育ち。2014年11月13日に駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で行われた4足走行の世界大会においてギネス世界記録(15秒86)で優勝。「世界最速の現役高校生」として脚光を浴びる。現在は「動物に関わる」という夢のため名古屋市内の動物専門学校に通う。好きな動物は犬とサル。
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はじめてのヨンソク

―4足走行を始めたきっかけは?
(玉腰くん 以下T) 『探偵ナイトスクープ(※1)』という番組で、いとうけんいち(※2)さんを目にしたのがきっかけです。最初は驚きだったんですけど、軽いノリで「自分もやってみようか」みたいな感じでやってみたら…
―のめり込んでいった。
T そうですね。斬新というか。なんか楽しいなって。
―『探偵ナイトスクープ』を観たのはいつ頃?
T 大体3年前ぐらいですかね。自分が高校に入る前くらい。
(※1)探偵ナイトスクープ
朝日放送(ABCテレビ)にて1988年から放送されている視聴者参加型バラエティー番組。スタジオをひとつの探偵局と見立て、視聴者から寄せられる依頼にもとづき探偵局長(現・西田敏行)が、探偵局員(石田靖、間寛平、カンニング竹山、たむらけんじなど)を各地に派遣し依頼人(視聴者)とともに「複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に追及する」娯楽番組である。探初代局長は上岡龍太郎。オープニングテーマは円広志「ハートスランプ二人ぼっち」
(※2)いとうけんいち
東京都出身のアスリート。4足歩行を世界で初めて競技化した人物であるとともに、世界に「4足」の魅力を発信し続けるパイオニア。「いとうけんいちの四足歩行ブログ」では同氏の軌跡を追うことができる。
―その頃にはもう陸上を?
T はい。陸上部で走り幅跳びをやっていました。
―そんな時に、いとうさんの姿を観て興味を持った、と。最初の場面は覚えていますか?初めて4足で走行した時の。
T テレビを観た1年後くらいに友達といとうさんの話題になって。やってみたら、すごく難しかったです。身体をどう動かしたら良いのかも分からなくて。
―それは学校のグラウンドとかで?
T いや、最初は近所の公園で。友達にフォームを見てもらいながら始めました。最初は本当に「楽しいな楽しいな」でやっていたんですけど、そのうちに記録がどんどんと速くなっていって。
練習場所となった公園

練習場所となった公園

―記録ですか?
T 公園で適当に50mをメジャーで測って、そのタイムをストップウォッチで。
―計測は友達が?
T そうですね。あとは兄や妹にも協力してもらったり。
―最初の頃のタイムとかは…
T たしか50mで13、14秒ぐらいだったと思います。
―最初の感覚はどうでしたか?感触というか。
T なんかこう…新しい感覚でした。地面と近いので景色も変わって。それと疾走感が2足の時とは全く違いましたね。
―4足だと、スタートは後ろの足からですか?
T そうですね。最初は後ろ足からパパッと。一瞬2足っぽい動きになるんですけど。
―後ろ足で駆け出して…
T 分かりやすく言うと、前足・後ろ足・前足・後ろ足の連続ですね。
―右・左・右・左とかではなく。
T それだと4つ足動物全般の歩き方、【トロット歩行(※3)】っていうフォームになっちゃいます。
―玉腰くんたちがやっているのは?
T 【ギャロップ走行(※4)】です。4つ足動物が全力で走るとき、獲物とかを追うときの走り方ですね。
(※3)トロット歩行
前足と後ろ足を対角線上に交互に動かす歩き方
(※4)ギャロップ走行
右後ろ足→左後ろ足→左前足→右前足の順で前に出す走り方。走行中に一時、四足全てが空中に浮いている状態になる。
―4つ足動物の走り方を参考にしたり。
T そうですね。人間ではいとうさんのフォームを、他にはチーターやお猿さんの走り方とかを見ながら…自分が走ってる動画と見比べたり。
―YouTubeとかで?
T はい。「チーター スロー」とかで検索して(笑)
―動物によって走り方も変わってくるのですか?
T チーターでも猿でもまず骨格が違うんで、その分走り方も変わってきます。動物の数だけ走り方がありますね。
―なるほど。イチオシの動物は?
T チーターですかね。あと、いとうさんも好きなパタスモンキー(※5)は手足がすごく長いので、ストライドも広くて格好いいですね。
https://vimeo.com/53914149

走るチーターのスロー映像が美しすぎる
(https://vimeo.com/53914149より)
(※5)パタスモンキー
サバンナをかける世界最速のサル。最高時速約55㎞で走るといわれる。背面は赤褐色、腹面は白い体毛に覆われており、四肢がすらりと長く、指は短く頑丈で、地表での走行に適した形態である。広い遊動域を持ち、果実、種、草、花、樹液、昆虫など、さまざまなものを食べる。昼行性で、夜間は低木の上などで休む。
―それだけ足も速い。
T そうですね。お猿さんの中でも最速と言われるぐらいの。パタスモンキーの全速力は時速55キロと言われています。普通のお猿さんがだいたい時速40キロぐらいなのでかなり速い。
―NHKで放映された『きわめびと(※6)』では、実際にパタスモンキーを見て周る玉腰くんの姿が観られました。
T はい。去年の5月くらいに、いとうさんと未来也(※7)くんと自分でモンキーセンター(※8)に行って。最初は3人でプライベートで行くつもりだったんですけど、聞き付けた取材の方が同行することになって。取材を受けながら、お猿さんを見て周ることになりました。
(※6)きわめびと
NHKのバラエティ番組。一つの特技を極めた「きわめびと」を取り上げ、その特技や技術にその人の人生観を交えながら迫っていく。現在は『助けて!きわめびと』として放送中。
(※7)河原未来也
兵庫県出身のアスリート。2013年に駒沢陸上競技場で行われた「第1回4足走行100m世界大会」において2位という成績をおさめ、一躍脚光を浴びる。趣味はスニーカー集め。
(※8)モンキーセンター
正式名称は日本モンキーセンター。愛知県犬山市にあるサル類専門の動物園。サル類の飼育展示種数は60種以上約900頭と、生きた霊長類の展示施設としては世界最大の規模を誇る。世界的にも珍しい、焚火に当たるサルがいる。
―モンキーセンターでは何を?
T お猿さんたちをジーッと見たり、あと、モンキーセンターの従業員で骨格の研究をされている方がいて。いとうさんなんかは、その人に走りのフォームを見せてアドバイスをしてもらっていました。
―あくまでも参考として。
T はい。あと、ニホンザル(※9)とかを集団で飼っている場所があったんですけど、そこは楽しかったですね。「あいつ速いな」とか、「ああ、こいつがボス猿なんだ」とか。
(※9)ニホンザル
日本猿。日本に古くから生息する、哺乳綱サル目オナガザル科マカク属に分類される。毛は長く、毛色は暗褐色や褐色など、腹面は淡く灰色や白っぽい色をしており、顔や尻は毛がなく裸出しになっていてピンク色や赤色をしている。四肢には五本の指があり、親指と他の指とは向かい合っていて物を握ったりできるほか、頬には頬袋があり、食べ物を一時のあいだ蓄えておくことができる。果実、植物の葉、芽、草、花、種子、キノコ、昆虫などを食べ、複数のおとなのオス、おとなのメスを含む集団を形成する。
―4足走行を始める前から動物に興味は…
T ありましたね。とくにワンちゃんとお猿さんが好きで。
―動物になってみたいなと思ったことも?
T それは最近ですね。理想としては、ワンちゃんのなかで1番速いグレイハウンド(※10)という犬になってみたい。なったらどんな感じなのか、どれぐらい速いのかとか。いま人間の骨格で走ってても楽しいので、実際4足走行に適した骨格の動物になって走ったら、どれだけ楽しいんだろうとは思います。
(※10)グレイハウンド
ウサギなどの小動物を狩るために作り出された狩猟犬種。最高時速は約70㎞と推測される。長い四肢とアーチがかった背中を最大限に伸び縮みさせることですばやく加速できる体型となっており、バランスのよい筋肉と軽い身のこなし、細長く伸びた足がさらにスピードに拍車をかける。長い尻尾は方向を決定する舵の役割やブレーキの役割をこなす。この種のなかにはドッグレース用に使役されるものもあり、動物虐待であるとしてそれを禁止しようとする動物愛護団体と、グレイハウンドの本能を満たすためにドッグレースを続行すべきであるとするレース主催者側の衝突が起こっている。
―速いものは格好いい?
T そうですね、桁違いに。
―しかし、玉腰くんの進化の「速さ」も尋常ではないですよね。50mで13、14秒ぐらいだったのが、今では100mで…
T 15秒86ですね。
―4足走行を始めて3年間、なぜこんなにも速くなれたのでしょう?
T うーん。いとうさんの走りや動物の走りを見て、自分のフォームを修正したり。あと、走り込みや筋トレも続けていたので、その成果ですかね。
―練習のパターンなどは?
T そうですね。陸上部のトレーニングもあったので、その日の身体の調子にもよりますが、だいたいはストレッチと歩行から入ります。4足歩行から…
―確かめるように。
T それから軽く4足で走って。20mを往復したり、筋トレを混ぜて走ったり。時間はきっちり1時間で、そこから縄跳びだったり、また筋トレをすることもあります。
―筋トレというのは?
T まず、4足走行だと前足と後ろ足の使い方が重要なので、その2点に特化した筋トレになります。例えば、普通の腕立て伏せだと両腕を広げてやると思いますが、自分の場合は肩幅に狭めて下に下ろす。そうすると、胸ではなくて前足の肩に筋肉がつきます。
―後ろ足は?
T 後ろ足はスクワットとか。お尻からハムストリングまでをよく使うので、そこを重点的に鍛えたり、縄跳びでふくらはぎを鍛えたりしていますね。
―トレーニング後の疲れも2足の時とは違うのでしょうか?
T かなり違いますね。2足は走っていたら体よりも心臓がバクバクしてくるんですが、4足はまず筋肉から疲れていって、その後に心臓という感じですね。
―玉腰くんがトレーニングをしている間、友だちや兄妹たちは?
T いや、普段の練習の時は基本的に1人です。タイムを計る時だけ誰かに手伝ってもらって。
―ストイックというか…孤独は感じませんか?
T 毎日寂しいです。あと、夜とかだと公園も暗いので。
―他のインタビューでは「練習場所の確保」に相当困ったとも話していました。
T それは今もですね。公園にカップルとかいるとすごい見られて。「何してるんだろう」みたいな。そんな時は恥ずかしくて、早く練習やめようってなったり。
―なるほど。「確保」というより「選択」の問題が。
T そうですね。今も練習はなるべく人が通らないところでしてます。競技場で練習するのが1番いいんでしょうけど、毎日毎日通うのがキツイので。
―しかし、その不断の努力が後にギネスレコード(※11)という結果に繋がった。
(※11)ギネスレコード
ギネス世界記録は、ギネスワールドレコーズによって、地球上のあらゆる世界一を探求し認定し登録してきた記録集、記録のデータベースで年に一度出版されている。記録認定を行っているギネスワールドレコーズには様々な地域から申請が届く。日本には、「ギネスワールドレコーズジャパン」という名称の日本支社がある。
T いとうさんを超えたいという目標があったので。
―なるほど。憧れであると同時にライバルというか…
T うーん。ライバルとはちょっと違う気がします。大会の当日はそうかもしれませんが、4足走行では大先輩ですし。というか、4足走行を発明して競技化したのも、いとうさんなので。やっぱり憧れですね。
玉腰活未さん

玉腰活未さん