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日本 • 愛知県 • 名古屋市

Introduction

あなたの周りに、ゲイはいるだろうか。あるいはレズビアンは。もしくは性別を変えたいと望む人は?
「いない」と答えた人へ。
こうしたセクシュアルマイノリティ(性的少数者)は、日本人の20人に1人いると言われている。
バラエティ番組の中、新宿2丁目の中だけにではない。学校のクラスに、職場に、行きつけの店に、あなたの周りに確実に存在するのだ。
何故彼らの姿は見えないのか。何故彼らは「いない」ことにされているのか。
もう一つ質問を投げかけたい。―あなたは彼らをどういう眼差しで見るだろうか。
2015年春、名古屋市政へ挑戦する一人の人物がいる。男性から女性へとトランス(越境)した、あんまゆきさん。あんまさんが、今また越えたい壁がある。
それぞれの答えを胸に、彼女の語る言葉に耳を傾けたい。

Interviewee profile
あんまゆき

愛知県豊田市生まれ。名古屋市在住。
性同一性障害をカミングアウトし、男性から女性へと性を移行して生活をはじめる。
戸籍は男性のまま女性と結婚し、同性愛カップルとして暮らす。
名古屋市立大学非常勤講師。NPO法人PROUD LIFE代表理事。ミックスダイニングバーQueer+sオーナー。
2015年4月の名古屋市議会議員選挙へ出馬予定。
虹色なごや あんまゆきのサイト

主張しないパレード

―何故議員に立候補しようと思ったんですか?
A もともと政治のところで働いてたので、政治はもちろん関心があったんだけど、どっちかっていうと自分が前面に出るよりは、作戦練ったりチラシ作ったり、裏方のトップみたいな仕事の方が好きなんですよね(笑)実は人付き合いもそんなに得意じゃないし。
―意外です(笑)
A でもやっぱり、当事者の議員が増えていくことも大事かなって。あと、私もNPOの活動をやってきて、お願いされることはいっぱいあるの。行政機関のイベントに呼ばれたり、講演の依頼を受けたり。でも、こっちのお願いは誰もきいてくれないんだよね(笑)
レインボー・ホットラインっていう電話相談もやってるんだけど、相談事業は何の収益にもならないから。大阪の方では淀川区の事業で電話相談が始まって、そういう風に公的な形でやってほしいなって思うんだけど、なかなかお願いするだけではきいてくれない。そういうこともあって立候補しようかなって思いました。
LGBT電話相談(PDF)
―LGBTのことでいうと、今後どのように制度が変わっていってほしいですか?
A 性同一性障害の特例法、この法律も問題はあって改善は必要なんだけど、これだけがあって同性愛に関する法律が何もないっていうのは、多様性という点でどうなのかなって。
これは戸籍上の性別を男もしくは女に変更できるっていうことで男女っていう秩序の中に入っていく感じの法律だし、性別二元論(※1)を固定化しちゃうことにも繋がる。
そうじゃなくて、ベースとしての性の多様性っていうところを広げていかないと。その上で、トランスっていうのも多様性のひとつとしてもちろんあればいいんだけどね。
―今の日本に同性愛の人に配慮して作られた法律というものはないんですね。
A ひとつとして、同性婚でもいいし、パートナーシップ(※2)みたいな制度が必要なんじゃないかって思いますね。名古屋市として、この二人は婚姻と同じようなことになりますよっていう証明を出すことができたら。市の中での制度はもちろん、例えば市営住宅の入居は結婚しないとできないんだけど、男女だと事実婚でもいいのに同性同士だとダメなので、こういったことの解決にもなるし。不動産の賃貸契約なんかが一番みんなが困るところかな。夫婦だったら相手が保証人になれるんだけど、どっちかの名義にして保証人は別の人を立てなきゃいけないっていうね。
―同性だと二人だけでは家を借りられないんですね。
A よくほら、ゆるキャラに住民票出したりするでしょ。名古屋でも、愛知万博のモリゾー、キッコロの住民票があるらしいんですけど、そんなものよりは人にできるでしょって(笑)
当事者には自分たちのこと、二人の関係性を社会的に認めてほしいって気持ちを強く持ってらっしゃる方が多いので。そういうことはやりたいですね。
―よく聞くことで、病院で相手の症状の説明を医師からきけないとか、一緒に暮らしていてもどちらかが亡くなった時に遺産が全て親族の方にいってしまうっていう問題があるのですが、そういったこともこの制度だと解決できるんですか?
A 判断は民間なんだけど、名古屋市が音頭をとることで積極的に啓発、普及していって、病院にも対応してもらえるようしていくってとこかな。
―基本的には名古屋市内の制度ですね。
A そうそう。でもそれはどこでも効力を発揮させようと思えばできるので。普及していくことでね。
(※1)性別二元論(男女二元論)
性別は男女のみであり、人間をこの二つの次元で割り振ることを前提とする論理、制度。
2013年3月 東京ディズニーシーで結婚式を挙げた元タカラジェンヌ東小雪さんとパートナーのひろこさん

2013年3月 東京ディズニーシーで結婚式を挙げた元タカラジェンヌ東小雪さんとパートナーのひろこさん

2014年6月 東京・青山で結婚式を挙げた男性カップル(出典元:HUFFPOST LIFESTYLE JAPAN)

2014年6月 東京・青山で結婚式を挙げた男性カップル(出典元:HUFFPOST LIFESTYLE JAPAN)

※結婚式は挙げられますが法律上の結婚は出来ません
―とても魅力的ですね。
A あとは、差別を禁止するっていう法律が日本にはないので、言論の自由とか表現の自由、それも大事なんだけど、今問題になっているヘイトスピーチとかね、日本はほんと野放しになっているから。
そういった包括的な差別を禁止するような法律でもいいし、LGBTに対する差別を禁止するっていうどちらでもいいかなって思うんだけど、どっちにしろ差別をするのがいけないこと、それが犯罪であるっていうことの認識はもうちょっと作らないとだめかなって思いますね。
―職業差別なんかも?
A そうですね。人種国籍に関する差別っていうのもすごく多いし、これから外国人もどんどん増えていくだろうから、そういったことは必要かなって。日本には「外国人お断り」って書いてあるところが結構あって、そういうことを公然と書いてはいけないっていう認識がない(苦笑)
書店でもビジネス書コーナーに行くと中国とか韓国に対する露骨な表現の本が山積みになっている。そういう考えを持っている人がいてもいいんだけども、そうやって表現するっていうのが許されないことだっていう風にしないと。
LGBTはまだ弱いけど、運動が広がればそれに反対する人も絶対に増えてくるので。
―目につくと叩かれる。
A 日本では触れちゃいけないって感じで蓋をする傾向があるので、あんまり一方的に規則、罰則的なものがばーんと出てきてもほんとの意味での差別解消には繋がらない可能性があるよね。
じゃあどういうやり方をするかっていったら、LGBTで言うとすぐにできる事として私が考えているのは、さっき言ったパートナーシップを認める、そういった制度を作りたいなって思いますね。
―あんまさんも嫌な思いをしたことはありますか?
A 普段LGBTのことばっかりやってるから、自分の中ではセクシャルマイノリティであることを全然普通って思ってて、周りもそうだからあんまり差別される場面には出くわさないんだけど、ふとあるわけよ。そうすると、不意打ちを食らうのですごく傷つくの(笑)
こないだもあるイベントでブースを出展してたら30歳くらいの女性が来て、こちらは真剣に説明して「じゃあ元男性なんだ」とか色々話した帰り際に、「気持ち悪い」って言われて。(笑)すごく落ち込んで、もう何も反論できず(笑)
―海外等であんまさんの活動のモデルとなるような政策・システム等はありますか?今後、社会を変革していく時の理想となるような。
A うーん、海外だとオーストラリアとかね。LGBTもだけど70年代くらいまで先住民の問題も含めて人種、国籍の差別が激しい国だったの。でも80年代、90年代を通じて多文化主義っていう事で法律を見直したり、優遇制度も作って変えてきている。そういう土壌があるから、今LGBTに対してもすごく寛容になってきていると思う。多様性っていうことでいうと、すごく参考になるかなって思います。日本の場合はうんと届いてないんでね(笑)
他にも北欧、デンマークだったかな。国勢調査の中で世帯分類っていうのがあるんだけど、日本でいったら単身世帯とかね。デンマークはそれが11分類あって、当然同性カップルの世帯もあるし、同性カップルで子どもを育てている世帯っていうのもある。色んなカタチがあって当たり前っていう社会が成り立っている。
世界における同性愛者の権利(PDF)
世界における同性愛者の権利

世界における同性愛者の権利

―様々な家族のあり方が社会から認められているんですね。
A 日本だといまだに役所でもモデル世帯(※3)って言葉を使うのね。税金の計算なんかで、モデル世帯を使うわけ。お父さんが仕事してて、お母さんは専業主婦で、子どもが二人いて、年収800万円だと税金はこれくらいです、とか。だけどそんな家庭今どこにあるのって(笑)でもそれがスタンダードだっていう。
今問題になっている配偶者控除もそうですよね。専業主婦の人がいっぱい働くと税金を取られちゃうから、103万円以内に収めれば扶養家族になれるっていうね。結局、特定の生き方を押し付ける、特定の生き方をした方がメリットがあるってなると必然的にそうなっていくの。結婚しないよりはした方がいい、子どもがいないよりはいた方がいい、とか。そういう風に人の生き方を法律や制度で誘導するのはあんまり良くないんじゃないかなって。だからもっと多様性を認められる、そんな社会になるといいかなって思いますね。
(※3)モデル世帯
厚生労働省などが年金試算のときに用いる家族構成の標準。以下、厚労省HPの「いっしょに検証!公的年金」より。

モデル世帯とは、40年間厚生年金に加入し、その間の平均収入が厚生年金(男子)の平均収入と同額の夫と、40年間専業主婦の妻がいる世帯。
―スタンダードな生き方の方が得をする。
A 例えば学校。学力世界一って言われるフィンランドはテストもなかったりする。日本の考え方だとテストなしでどうするのって思うんだけど、フィンランドは「わかるまで教える」から必要ないでしょって考え。もちろん人数も少人数だし。
日本の教育って平均のところに合わせるじゃない。できる子は塾とか他のところで勉強して、ついていけない子は落ちこぼれていって。フィンランドだと一番わからない子を基準に教える。できる子は教える側に回ってより深く学ぶ。
窮屈な中に子どもたちを押し込めるんじゃなくて、本当に自由に多様性を尊重できるような環境とか社会が必要かな。
―LGBTの問題に限らずってことですね。
A  LGBTの問題っていうのは昔からあるんだけど世界的には比較的新しいテーマで、活動に携わっているのもやっぱり若い人たちが多いから、そうやって、ひとつ性の多様性ってテーマを切り口に社会を変えていくっていうのは他の問題、日本の今まで常識とされてきた事を変えていく力のひとつになるんじゃないかな。それですべてが変わるとは思わないけれど、社会を変えるインパクトのひとつになるかなっていうのは思っています。
―社会から“スタンダードでない”とされていること同士がゆるく繋がり影響し合う。
A 私はパレードも企画してるんだけど、政治的なメッセージとか主張は一切なし。楽しく明るくっていうのをテーマにやってるんだけど、歩くこと自体が社会にアピールするってことなので、そういうところから始めればいいかなって。
―パレードなのに主張しないんですか?
A 関西なんかだと割と主張される方もいて、そういう土壌があって良いと思うんだけど。名古屋だとそれで引いちゃう人も多いと思うから(笑)現状でいうと大人しく歩きましょう、みたいな。
虹色どまんなかパレード
虹色どまんなかパレード

虹色どまんなかパレード

―引かれないように、ですか。
A いきなり正論がポンっとあっても遠すぎるっていうか。結局、一般の多くの人たちの力がなかったら社会は変わらないわけで。少しずつ意識を変えるようなアプローチをしていかないと、なかなか正しいことを言ってるだけでは社会は動いていかない。だから低いところから動かしていくってことが必要かなって。じゃないと、問題が広がりすぎちゃってギャップが生じてしまう。
政治でも右寄りの人が出てくるとワッと人気が出たり、ネットの世界でも右翼的な考え方が注目を集めたり。そういうところに流れちゃうっていうのは、やっぱりすごくギャップがあると思うな。日本の社会が抱えている現実の問題と、多くの人々の意識との間に。
―どう主張していくかっていうことがポイントですね。
A 今は権利を主張するってことがすごく大変だと思う。友達関係でも、相手と違う意見を言うって事自体がしんどいじゃん(笑)同調するのが一番価値が高いっていうか。大学のゼミで討論するのも、いかに相手を否定しないように意見を言うかってことで、めっちゃまどろっこしいって話を先生から聞いたことがあるんだけど(笑)
―場の雰囲気を壊さないように気を使う、そういう傾向はありますね。
A 私が学生だった20年前は、はっきり自分の意見を言える方が良いっていう価値観があったのね。例えば海外へ留学すると、他の国の学生から「え?なんで自分の意見を言わないんだ」という風に馬鹿にされるから。
今は皆と協調できる、「コミュニケーション力がある」、それが社会人になった時に求められるスキルなんだって価値観になっちゃってるから。自分の意見を主張する、ましてや社会に対して権利を主張するってことに対しての抵抗感はすごく大きいと思うな。でも、主張していかないと変わらないので(笑)
―それは当然そうですね。
A 全体の意識を変えていくには、一部の人が突っ走ってもダメ。そこに集まる人はちょっとはいると思うんだけど。そうじゃなくて、皆で少しずつ変わって進んでいくって事をしないといけないかなって思いますね。
―マツコ・デラックスの様なおネエタレントが最近たくさんTVに出ていますが、そのことについてはどう思いますか?
A 私はすごくいいと思うんですけど、女装とか、ドラァグクイーンとか、トランスとか、色んなジャンルの人たちがいて、一般の人からすると説明がないとわけわからないよね(笑)例えばはるな愛みたいなのも同じオネエ系で出てくると。
コントとかで同性愛の人が出てきて笑いをとっていくのは全然いいと思うんだけど、同性を好きになるっていう事自体を笑いの種にするのは、んー、という感じはある。
―最後に、Queer+sやLUCEにくるお客さん、同じ悩みや志を抱かれている方々に一言頂けますか?
A セクシャリティのことに関してはどんなものを持っていてもそれが人に危害を与えるとかでなければ全く自由なことなので、それが当たり前に認められるような社会にだんだんとなっていくかなとは思うんですけど、それを実現していくには自分達で動いていくしかない。
私もそうだったんですけど、やっぱり飛び出すまではすごく壁が大きいって感じるんです。でも越えてみると、意外と低い壁だったなあって思うことはたくさんあるんですね。
躊躇する気持ちももちろんわかるけれども、一歩踏み出して進んでみるとまた違う世界が広がっていくっていうことがある。踏み出すも踏み出さないもその人の自由なんだけど、でも、踏み出した方が良いよ、踏み出そうよっていう風に言いたいかな。
一言じゃなくてごめんなさいね(笑)
conclusion

ここに一枚の壁がある。スタンダードという名の壁。
LGBT、障がい者、外国人、ひとり親家庭、非正規雇用者…世の中には、誰がつくったとも知れないこの壁から弾かれる人たちが大勢存在する。
あんまさんが目指す「多様性を認めあえる社会」の実現に、制度の変更は欠かせない。しかし、必要なことはそれだけだろうか。
『百合のリアル』(星海社新書)の著者、牧村朝子氏の言葉を引用したい。
「将来の夢は、幸せそうな女の子カップルに“レズビアンって何?”って言われること」
私たちの意識ひとつで、壁はつくられる。私たちの意識ひとつで、壁は壊される。
壁が崩れ去ったその先の世界を、あんまさんと共に私たちは見たい。