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日本 • 兵庫県 • 加古川市

Introduction

“ボディビル”と聞いてどんなイメージが浮かぶだろう?
カラダに悪い競技?マッチョで恐い人たち?

兵庫県加古川市。田畑の広がる県道65号線を進むと、奇妙な形の真っ赤な建物が現れる。
マックスジム、個人経営のスポーツジムだ。
出迎えてくれたのは、筋骨隆々とは程遠い印象の、物腰柔らかな男性。ジムでトレーニングの指導に携わる一方、ボディビルの国際審査員としての顔も併せ持つ、木下喜樹さんだ。

丁寧な言葉の端々から溢れるのは、ボディビルに対する深い尊敬の念だった。
彼が語る「全てのスポーツに通ずる魅力」とは。
筋肉美だけではない、ボディビルの世界を覗いてみよう。

Interviewee profile
木下喜樹

兵庫県加古川市生まれ、加古川市育ち。中学・高校時とバスケットボール部でキャプテンを務め、大学・社会人時代に空手やウエイトトレーニングを始める。その後、様々なスポーツを経験した後に、ウエイトトレーニングの指導者となる。現在は、日本ボディビル・フィットネス連盟の審査委員会委員・日本代表選手の海外遠征コーチを兼任。NSCA-PERSONAL TRAINER

理想の審査/肉体

―指導のための理論はどう勉強されてきたのでしょう?
K いわゆる業界の専門誌はジムを興す前から読んでいました。『月刊ボディビルディング(※1)』、『アイアンマン(※2)』、『マッスル・アンド・フィットネス(※3)』とか。ただ、本格的に勉強をするようになったのはジムを興してからですね。NSCAの機関誌と教本を中心に、知識不足の所は県外に足を運んで講習を受けたり。あとはテレビですね。栄養学とか健康関係の情報番組があれば全部録画して、その内容をお伝えしたり。「最新の研究ではこうらしいです」とか、それはお客さんとのコミュニケーションにもなりますので。NSCAパーソナルトレーナーの資格を取ったのも、信用性を上げるというか、持っていたほうがお客さんも安心するかなって。
―他に参考とした場所はありますか?モデルとしたジムとか。
K どうでしょうね。立ち上げの前には「鍛錬(※4)」さんですね。会員の方がボディビルの大会に出場するようになってからは所属連盟である兵庫県ボディビル・フィットネス連盟(※5)の継谷理事長や日本連盟審査委員長の中尾先生に本当に色々と教えていただきました。あと、知識的なところは日本ボディビル・フィットネス連盟が指導者講習会っていうのをやっていまして。そこでは毎回学ぶことが本当に多いです。
―時には講師側に回られたりすることも?
K そうですね。新競技の説明会やポージングの講習会では、自分が審査委員会の委員ということもあって積極的にお手伝いをさせてもらっています。
―国際審査員の資格をお持ちだと聞いたのですが、なぜ審査員になろうと思われたのでしょう?
K トレーニングの目的は様々ですが、個人的にボディビルは究極のウエイトトレーニング/カラダづくりだという思いがあって。そのサポートに関わるなら、審査する側の目線で、その立場からみんなに教えた方が良いだろうと。教える人たちの成長や満足感のためですかね。そのためにボディビルに関わってからは、できるだけ多くの大会に足を運ぶようにしていました。前方の席に座ったり、観戦をしながらジャッジトレーニングをしたり。そんな経験を繰り返しているうちに、審査力が付いていったのだと思います。
1968年創刊。国内ボディビルディング専門誌のパイオニアとしてメディアを牽引。全国のビルダーからは「月ボ」の愛称で広く親しまれ、大会の取材記事や最新のトレーニング方法の解説など、その内容は多岐に渡っている。
1990年創刊。米国を中心とした、海外の最新トレーニング情報から、国内のボディビルを始めとしたパワーリフティング、アームレスリング、ケトルベルなどの情報を網羅。
1935年創刊。アメリカ発・世界40カ国で出版されている世界最大級のメジャー・フィットネス誌。フィットネス先進国アメリカの最新情報を中心に、科学的根拠に基づいたトレーニング法、正しい食事の摂り方などの情報が満載。
(※4)鍛錬
正式名称は「株式会社 鍛錬」。トレーニング器具や介護予防マシンの開発・製造・販売、またジムの独立開業の支援を行う会社。
幅広い年齢層の人に筋力トレーニングの本質を理解してもらうためのセミナーなども実施している。また国際特許取得器具ケアキャリーなどの介護予防マシンでも注目を集める。
略称はJBFF。1955年、日本国民の健康増進と体位向上を目的として設立。当初は東京を中心とする十数クラブの加盟であったが、1965年関西を中心とする全日本ボディビル協会と団結し、日本唯一の全国組織となる。
―資格の基準は試験ですか?
K 審査員の勉強をして、ジャッジテストを受けてという流れになります。まずは国内の3級審査員から始まって2級、1級、そしてアジア、国際と。実際の大会で審査があって、自分が保持している資格のひとつ上のカテゴリーの大会でジャッジをして。本審査員の方と比べてボーダーライン以上であれば合格。以下であれば不合格。
―審査員はビルダーのどこを見て順位をつけているのでしょう? 基準というか。
K 基本的には筋肉が大きく出ているか、上手に筋肉を表現出来ているか。バランスとサイズとコンディション、そのトータルバランス。あとは表現力。それがうまくミックス、マッチングしている人が上にいきます。
―上半身だけ、とかではなく。
K もちろん。あくまでもトータルバランスです。「劣っている部位があったら減点」とか、そういう基準はないんですけど、バランスの悪い選手、弱点の目立つ選手の評価はどうしても下がりますね。
―審査は点数式なのでしょうか?
K いえ、基準は大会によって違いますが、例えば15人の出場者がいたら「1番良いと思った選手に1位」、「2番目に良いと思った選手に2位」…と15位まで順位をつけるんです。それで、審査員7人の順位付けを合計する。ただ、その際に公平を期すために1番良い点数と1番悪い点数は省くんですが…
ジム内に飾られた数々の表彰状

ジム内に飾られた数々の表彰状

―省くというのは?
K 例えば、クノさんに1位っていう順位がひとつと、2位っていう順位が5つ付いて、3位の順位が1つ付いていたら1位と3位のポイントは無しにするんです。真ん中の5個の2位の合計だけがクノさんの点数になります。
―なるべく審査員の主観が入らないように。
K そうですね。個人的な思いの偏りが審査結果に影響されないように、ということです。真ん中の5人の審査員の点数だけをトータルして、順位を決めていきます。
―審査について選手から不平や不満が出ることもありますか?
K ありますね。公平性を期すといっても、主観が消えるわけではないので。他のスポーツのように、この技をしたら何点、タイムとして何秒というのが出るわけでもないですし、最終的には個々の審査員の判断が選手の順位に繋がってくるので。そこは永遠のテーマかもしれません。
あと、ボディビルの審査っていうのは瞬時の判断なんですよ。7人とか15人とか、予選の前には30人ぐらいの選手たちを一斉に見ていかなければならない。そこではやっぱり「自分のことをちゃんと見てくれたんやろか」っていう不平不満は出てくると思います。なので、私も含めた審査員側には選手への説明能力や、短時間でしっかりと選手を評価できる力が問われてきます。もちろん私もまだまだ実力をつける必要があります。
木下喜樹さん

木下喜樹さん

―基準の中に「表現力」があると仰っていましたが、ポージングなどは選手が各自で考えるのでしょうか?
K まず、規定7ポーズというルールがありまして。そのポーズを同時にとってもらって、そこで比較していくんですね。あとはフリーポーズというのもあって、それは曲に合わせてポーズをとるんですけど、それら2つのポーズと肉体のバランスで順位が付きます。
―これまでに木下さんが「理想的な肉体だ」と思われた選手などはいらっしゃいますか?何年の誰々のような。
K 近年の理想的なカラダとなると、やはり鈴木雅選手(※6)ですかね。その時代、その時代で偉大な先輩方が理想のカラダづくりをされてきたと思いますが、現代のチャンピオンは先人たちの理想も踏まえた上で、最先端の考え方でカラダづくりをされていると思います。
(※6)鈴木雅
1980年生まれ。21歳でボディビルをはじめ、ボディビル競技歴2年で東京大会優勝。ボディビル界の「ゴールデンボーイ」と呼ばれ、2010年から15年まで日本選手権大会6連覇中。現在もゴールドジムでアドバンストレーナー/オードリー春日などのパーソナルトレーナーなどを務め、ボディビル界の発展に貢献し続けている。15年世界選手権80㎏級3位、16年アーノルド・クラシック・アマチュア選手権80kg以下級1位。
―鈴木選手の魅力というか、特徴は?
K すべてといったら元も子もないですが、心・技・体と素質を持ち合わせている方だと思います。
―素質ですか。
K カラダを大きくしたい・強くしたい・かっこよくつくりたいというのは誰にでもあると思うんですけど、その思いに努力がついていく、継続できる、想いが実っていくというのは素質だと思います。
―いくらやってもつかない筋肉というのは個々で違うのでしょうか?
K つきやすいところ、つきにくいところはありますね。まあ、このスポーツは年輪のように積み重ねていかないとダメなので、継続できるかできないかっていうのは一番の素質だと思います。肉体的素質と精神的素質の両立というか。
日本選手権という日本でも一番大きな大会があって、そこに出場される方々はみんな素質もありますし、日々のすべてをウエイトトレーニングに捧げていると思うんですけど、その大会で6連覇というのは並大抵のことじゃないと思います。
―すごいですね。
K ポージングも上手ですし、筋肉のバランスサイズもいいですし。みんなが今彼を引きずり下ろそうと頑張っているんですけど、なかなか敵わないですね。世界選手権でも優勝されていますし。
―木下さんが世界大会に同行された時は鈴木選手も一緒に?
K 私も一昨年のメキシコが初めてだったんですけど、世界大会にも色々ありまして。鈴木選手が行かれたのは世界男子で、私はまだ世界男子には行ったことがないんです。メキシコが世界マスターズといって40歳以上とか50歳以上とか年齢が若干上のカテゴリー。他にも去年に福岡でアジア大会の審査員をさせてもらったんですけど、そこにも鈴木選手は出場していません。そこには彼には世界大会に照準を絞ってもらおうというボディビル界の意向もあると思います。
―地域や年齢によっても様々な大会があるんですね。
K そうですね。他にも去年の11月にハンガリーに行かせてもらった時も、それはボディビルではなくて世界フィットネス&フィジークという大会でした。
―フィジーク?
K ウーマンフィジークというのは、ボディビルよりもソフトな女性のカテゴリーです。ボディビルほどハードには表現しない、柔らかい女性美を表現するという。あと、男性のフィジークもありまして、服装は膝あたりまであるロングショーツ。ポーズも力を入れたものではなくて、流してプロポーションとか華やかさを競うようなものです。こちらの場合は頭のてっぺんから、つま先までが審査対象になります。
トレーニング風景①

トレーニング風景①

―ボディビルとはトレーニングの仕方とかも違うんですか?
K 極端には変わらないです。やっぱり筋肉はつけていかないといけないので。ただ、厚みばっかりじゃなくてシルエットですね。ウエストを細く、腹筋をしっかりつけて、逆三角形、プロポーションといった具合に。
最近はボディビルもまた人気が出てきましたが、新競技であるフィジークへの出場選手がより増えていますね。ボディビルのポージングパンツよりも、フィジークのロングショーツの方が、ステージに立ちやすいという利点もあるのかもしれません。
―ボディビルからフィジークへというお話は昨今のフィットネスブームとも繋がる気がします。ただ、それが競技である以上はストイックさも必要なのかなと。
K 究極を言えばどんなスポーツでもそうなんでしょうけどね。ダイエットもそうですし。ただ、ボディビルの場合はお金をもらえるわけでもないのに、サラリーマンをやりながら週に6日や7日をウエイトトレーニングに費やす、栄養のことを考えながら食事のプログラムを組む、そんな人たちが多いように感じます。それも趣味として。他にも、身体づくりのために何時に寝ようとか。そこまでやり切れる人たちって、なかなか他の競技にはいないのかなって。
流行りのメンズフィジーク

流行りのメンズフィジーク

―サボらず真面目にコツコツと。
K 究極を目指すなら、そうですね。真面目に継続して、努力して作り上げる。努力して表現力を身につけながら、自分自身の限界に対抗していくのが大事かなと思いますね。